おんぱく写真部レポート

岐阜善光寺弘法さま遷座式 68年ぶりに弘法堂へ仏像を遷そう

岐阜の善光寺にあった弘法堂は、昭和20年8月1日という日になぜ壊されたのか。 それは戦時中、この地区が空襲を受けた時、家屋の延焼を防ぐために建物を間引くということが強制的に行われました。その犠牲になった弘法堂は無念の想いで壊され、その15日後、終戦を迎えるというなんともくやしい地域の人々の思いでした。 そして今日、地域の人々の力で弘法堂が再建され、弘法大師さまは68年ぶりにお堂に帰ることができました。 そんな貴重な行事を参加者のみなさまと遷座式をして、本来いるべき場所にお戻しすることができました。 旧名「善光寺大門通り」を弘法大師さまを担ぎ、御輿行列をし、地域のみなさまにも見届けてもらいました。 一生に一度のもう二度とないであろう行事ができたことに、本当に嬉しい気持ちになりました。

岐阜善光寺、もうすぐ住職になられる松枝副住職。

精抜きいたしますと、お経をあげます。
南無大師遍照金剛

間借りしていた場所からの移動になります。

善光寺の弘法大師さま
若くて元気があふれる顔つき、目も大きくこんな初々しい弘法さまは見たことありません。

御輿行列して弘法さまは68年ぶりに日光浴をしました。

そして新しい弘法堂につきました

南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛 南無大師遍照金剛

弘法大師さまは、本来の位置におもどりになり、精入れのお経をあげて終了いたしました。

68年間のいろいろな想いを胸に、もう二度とこのようなことをしなくてもいいような日本でありますように。
(澤田尚正)

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